1. Takafumi Arakaki
  2. tkf.bitbucket.org

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tkf.bitbucket.org / thermo-chaos-ja / _sources / topological-pressure.txt

.. index:: 位相圧力, topological pressure
.. _topological-pressure:

位相圧力
========

定義
----

軌跡の局所拡大率 :math:`E_N(x_0)` を

.. math::
   :label: local-expansion-rate

   E_N(x_0) := \ooN \ln |{f^N}'(x_0)| = \ooN \sum_{n=0}^{N-1} \ln |f'(x_n)|

で定義する. ここでは初期値 :math:`x_0` のとり方に依らない拡大率を
考えたいので,初期値のアンサンブル :math:`\{\xk\}` を考えその上で
熱力学的に扱う.そのために,分配関数 :math:`\Ztop_N` と
カノニカル分布 :math:`P(\xk)` を以下のように定義する.

.. math::

   \Ztop_N(\beta)
   &:= \sum_{k=1}^{K(N)} \exp \left( - \beta N E_N(\xk) \right) \\
   &= \sum_{k=1}^{K(N)}
      \exp \left( - \beta \sum_{n=0}^{N-1} \ln |f'(\xk[n])| \right) \\
   &= \sum_{k=1}^{K(N)} |{f^N}'(\xk)|^{-\beta}

.. math:: P(\xk) := \frac{1}{\Ztop_N(\beta)}
                    \exp \left( - \beta N E_N(\xk) \right)

ここで, :math:`\xk[n] := f^n (\xk)` で :math:`K(N) = \# \{ \xk \}`
である.

初期値のアンサンブル :math:`\{\xk\}` として,ここでは
:math:`N`-シリンダーの集合 :math:`\{J_j\}` を考える [#]_ .
:math:`N`-シリンダー からは初期値のとり方は一意には決まらないので,
:math:`\xk[0][j] \in J_j` を満たす初期値を適当に選ぶ.

.. [#] 実はアンサンブル :math:`\{\xk\}` のとり方は :math:`N`-シリンダーの集合
       だけではない.

       .. todo:: アンサンブル :math:`\{\xk\}` のとり方は色々あって,
                 双曲型力学系ならそれらのとり方に依存しないなどの
                 話題にも触れる.


**位相圧力** (**topological pressure**) は
「一分子あたりの自由エネルギー」 :math:`\ln \Ztop_N` の熱力学的極限として

.. math:: \Ftop(\beta) := \limooN \ln \Ztop_N(\beta)

と与えられる.


.. _topological-pressure-and-length-scale:

幾何的な意味
------------

:ref:`分割 <partition>` :math:`\{A\} = {A_1, A_2, \cdots, A_R}`
のセル :math:`i` の長さを :math:`|A_i|` , :math:`N`-シリンダー
:math:`J_j^{(N)}` の長さを :math:`l_j^{(N)} = |J_j^{(N)}|`
と表すことにする. また,記号列 :math:`j = (\iseq)` の最後の記号
:math:`i_{N-1}` を :math:`j_{[-1]} := i_{N-1}` で表すことにする.

:math:`N`-シリンダー :math:`J_j^{(N)}` の定義より :math:`J_j^{(N+1)}` [#]_
に :math:`N` 回,写像 :math:`f` を適用すると,分割のセル :math:`j_{[-1]}`
を得る.すなわち,

.. math:: A_{j_{[-1]}} = f^N (J_j^{(N+1)})

さて, :math:`N` 回の反復により,微小区間 :math:`\Delta x` は
:math:`|{f^N}'(x)| \Delta x` に写像される.ここで,分割が生成的分割の場合は
:math:`N \to \infty` で :math:`N`-シリンダー :math:`J_j^{(N)}` は
一点 :math:`\xk[0][j]` に収束する [#]_ から, :math:`{f^N}(x)` が
:math:`J_j^{(N)}` を写像した区間の長さは

.. math::

   |f^N (J_j^{(N+1)})|
   = |{f^N}'(\xk[0][j])| \, |J_j^{(N+1)}|
   = |{f^N}'(\xk[0][j])| \, l_j^{(N+1)}

となる(ただし :math:`\xk[0][j] \in J_j^{(N+1)}`).
以上の二式をあわせれば, :math:`N \to \infty` で

.. math:: |A_{j_{[-1]}}| = |{f^N}'(\xk[0][j])| \, l_j^{(N+1)}

が成立することが分かる.これは,軌跡の局所拡大率
:math:`E_N(x_0) = \ooN \ln |{f^N}'(x_0)|`
:eq:`local-expansion-rate` を用いて,

.. math::
   :label: local-expansion-rate-and-cylinder

   \frac{l_j^{(N+1)}}{|A_{j_{[-1]}}|}
   = |{f^N}'(\xk[0][j])|^{-1}
   = \exp \left( - N E_N(\xk[0][j]) \right)

と書き直すことが出来る.

.. [#] :math:`J_j^{(N)}` ではなくて :math:`J_j^{(N+1)}` であることに注意.
       記号列 :math:`j = \iseq` には初期値に対応する記号 :math:`i_0` と
       :math:`N-1` 回の反復に対応する :math:`N-1` 個の記号
       :math:`i_1, \cdots i_{N-1}` が含まれていることを思い出そう.
.. [#] 生成的分割は無限長の記号列から初期値が決まる.すなわち,
       記号列を生成する初期値の集合である :math:`N`-シリンダー
       は一点になる.

この関係式から,分割関数 :math:`\Ztop` は

.. math:: \Ztop_N(\beta) = \sum_j \pob{\frac{l_j^{(N+1)}}{|A_{j_{[-1]}}|}}

と書けることが分かる.分割のセル数は有限であるから, :math:`|A_{j_{[-1]}}|`
には最小値 :math:`c_1` と最大値 :math:`c_2` が存在する.
ゆえに, :math:`\beta > 0` の場合は,

.. math::

   c_2^{-\beta} \sum_j \pob{l_j^{(N+1)}}
   \le \Ztop_N(\beta) \le
   c_1^{-\beta} \sum_j \pob{l_j^{(N+1)}}

が成り立つ. 各辺に :math:`\frac{1}{N+1} \ln` を適用して,

.. math::

   &
   \frac{1}{N+1} \ln c_2^{-\beta} + \frac{1}{N+1} \ln \sum_j \pob{l_j^{(N+1)}}
   \\ \le& \frac{1}{N+1} \ln \Ztop_N(\beta) \\ \le&
   \frac{1}{N+1} \ln c_1^{-\beta} + \frac{1}{N+1} \ln \sum_j \pob{l_j^{(N+1)}}

を得る. :math:`N \to \infty` では :math:`c_1` と :math:`c_2`
に依存する項は消えるので,

.. math::

   \frac{1}{N+1} \ln \Ztop_N(\beta)
   = \frac{1}{N+1} \ln \sum_j \pob{l_j^{(N+1)}}

を得る.両辺は, :math:`N \to \infty` で

.. math:: \Ftop(\beta) = \limooN \ln \sum_j \pob{l_j^{(N)}}

となる. :math:`\beta < 0` の場合でも同様の議論が成り立つ.
以上の議論より,分配関数

.. math:: \ZtopL_N(\beta) := \sum_j \pob{l_j^{(N)}}

から, :math:`N \to \infty` の極限で :math:`\Ztop(\beta)` と同様の
自由エネルギー密度 :math:`\Ftop(\beta)` を計算することが出来ること
が分かる.つまり, :math:`N \to \infty` の極限で :math:`\Ztop_N(\beta)`
と :math:`\ZtopL_N(\beta)` は区別する必要が無い.

また,同様の議論から, :math:`N \to \infty` の極限で
位相圧力 の カノニカル分布 :math:`P(\xk[0][j])` は

.. math:: P(\xk[0][j]) \sim \frac{\pob{l_j^{(N)}}}{\sum_j \pob{l_j^{(N)}}}
   :label: pseq-scale-l

とスケールすることが分かる. 具体的な計算は, :ref:`appendix-pseq-scale-l`
を参照.


.. index:: 流出率, escape rate
.. _escape-rate:

流出率
------

:math:`\beta = 1` の場合の位相圧力は,

.. math:: \ZtopL_N(1) = \sum_j l_j^{(N)}
   :label: ztopl_1

である. 一次元写像の場合, :math:`N=1` ならこれは位相空間の長さを
与える [#]_ .ここで,この一次元写像のすべての軌跡のうちいくらかが
有限ステップ内で相空間 :math:`X` の外へ出て行ってしまうような力学系
を考える. :math:`N` ステップ後に残っている全ての軌跡は
:math:`N`-シリンダーの中から出発した軌跡であるから (軌跡が相空間内
にあれば,対応する記号列が存在する), 式 :eq:`ztopl_1` の
:math:`\ZtopL_N(1)` は, :math:`N` ステップ後に残っている全ての軌跡の
「数」を与えることが分かる.

軌跡が指数関数的に減っていく場合,係数 :math:`\kappa` を用いて

.. math:: \ZtopL_N(1) = \sum_j l_j^{(N)} \sim \exp (- \kappa N)
   :label: escape-rate-scaling

と書ける.ここで :math:`\sim` は定数倍を無視して等しいことを表す.
これを :math:`\kappa` について書けば,

.. math::

   \kappa
   = - \frac{1}{N} (\ln \ZtopL_N(1) + \text{const.})
   \xrightarrow{N \to \infty} - \Ftop(1)

を得る.すなわち, :math:`\beta = 1` の場合の位相圧力は軌跡が
相空間 :math:`X` から逃げていく率 :math:`\kappa` を表す.
この :math:`\kappa` を 流出率 [#]_ (escape rate) と呼ぶ.

.. [#] :ref:`分割 <partition>` :math:`\{A\} = {A_1, A_2, \cdots, A_R}`
       は :math:`\bigcup_{i=1}^R A_i = X` を満たすことを思い出そう.
.. [#] 日本語の訳語は知らないので今適当に考えた.
       正しい訳語があれば置き換える予定.
       中国語だと「逃脱率」というようである.


.. _appendix-pseq-scale-l:

補足: 位相圧力のカノニカル分布のシリンダー長による近似
------------------------------------------------------

位相圧力 のカノニカル分布

.. math:: P(\xk[0][j]) := \frac{1}{\Ztop_N(\beta)}
                          \exp \left( - \beta N E_N(\xk[0][j]) \right)

は, 自由エネルギー

.. math::

   \Psi_N(\beta, p)
   = \sum_j \left[ \pseq \beta N E_N(\xk[0][j]) + \pseq \ln \pseq \right]

を最小化する確率分布であり, 自由エネルギー と 分配関数 :math:`\Ztop_N`
には

.. math::

   \min_p \Psi_N(\beta, p) = \Psi_N(\beta, P) = \Psi_N(\beta)
   = - \ln \Ztop_N(\beta)

なる関係があった. 位相圧力 は, この 自由エネルギー (の符号を反転した値)
の1ステップあたりの大きさ

.. math:: \Ftop(\beta) = - \limooN \Psi_N(\beta)

で定義されていた.

ここで, カノニカル分布が, :math:`\ZtopL_N` と :math:`\Ztop_N` の
場合と同様に, :math:`N \to \infty` で

.. math::

   \tilde P(\xk[0][j]) = \frac{\pob{l_j^{(N)}}}{\sum_j \pob{l_j^{(N)}}}

とスケールすることを示す.

式 :eq:`local-expansion-rate`, :eq:`local-expansion-rate-and-cylinder`
を思い出せば,

.. math::

   E_N(x_0) = \ooN \ln |{f^N}'(x_0)|
   = - \ooN \ln \frac{l_j^{(N+1)}}{|A_{j_{[-1]}}|}

とかけるので, 自由エネルギーは以下のように計算できる.

.. math::

   \Psi_{N-1}(\beta, \tilde P)
   &= \sum_j \left[ \tilde P(\xk[0][j]) \beta N E_{N-1}(\xk[0][j])
                    + \tilde P(\xk[0][j]) \ln \tilde P(\xk[0][j]) \right] \\
   &= \sum_j \tilde P(\xk[0][j])
      \left[ - \beta \ln \frac{l_j^{(N)}}{|A_{j_{[-1]}}|}
             + \ln \frac{\pob{l_j^{(N)}}}{\sum_{j'} \pob{l_{j'}^{(N)}}}
      \right] \\
   &= \sum_j \tilde P(\xk[0][j])
      \left[ \beta \ln |A_{j_{[-1]}}|
             - \ln \sum_{j'} \pob{l_{j'}^{(N)}}
      \right] \\
   &= \sum_j \tilde P(\xk[0][j])
      \left[ \beta \ln |A_{j_{[-1]}}|
             - \ln \ZtopL_N(\beta)
      \right]


ここで, :math:`\ZtopL_N` の時と同様に, 分割のセル数は有限だから,
:math:`|A_{j_{[-1]}}|` は最小値と最大値が存在して
:math:`c_1 \le |A_{j_{[-1]}}| \le c_2` と挟み込めることを利用すれば,
:math:`[...]` 内の :math:`j` 依存の項をなくすことが出来る.
:math:`\beta \ge 0` の場合 (:math:`\beta < 0` の場合は :math:`c_1` と
:math:`c_2` を入れ替える), :math:`\Psi_{N-1}(\beta, \tilde P)` は

.. math::

   \beta \ln c_1
   - \ln \ZtopL_N(\beta)
   \le
   \Psi_{N-1}(\beta, \tilde P)
   \le
   \beta \ln c_2
   - \ln \ZtopL_N(\beta)

と評価出来る. :math:`N-1` で割って :math:`N \to \infty` での振る舞いを
考えれば,

.. math::

   \underbrace{ \ooN[N-1] \beta \ln c_1 }_{\to 0}
   \underbrace{ - \ooN[N-1] \ln \ZtopL_N(\beta)
                }_{\to - \Ftop(\beta)}
   \le \\
   \ooN[N-1] \Psi_{N-1}(\beta, \tilde P)
   \le \\
   \underbrace{ \ooN[N-1] \beta \ln c_2 }_{\to 0}
   \underbrace{ - \ooN[N-1] \ln \ZtopL_N(\beta)
                }_{\to - \Ftop(\beta)}

より,

.. math::

   \ooN[N-1] \Psi_{N-1}(\beta, \tilde P)
   \to - \Ftop(\beta)

となることが分かる.

よって, :math:`N \to \infty` で :math:`\tilde P` と :math:`P`
から,同じ位相圧力 :math:`\Ftop(\beta)` が計算出来るので,
位相圧力を計算することが目的ならばこの二つは区別する必要が無い.